やりたいことを実現する場、それが縫製の町・久慈市。9o'clock香取正博氏

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やりたいことを実現する場、それが縫製の町・久慈市。9o'clock香取正博氏
2017/09/19 (火) - 08:00
水野 ひろ子

2016年春、岩手県北沿岸部にある久慈市で国産アパレルブランドを手掛ける9o'clock(ナインオクロック)株式会社を設立した香取正博さん。まったく縁のない久慈市へ移住し、オリジナルTシャツの製造と販売をはじめました。首都圏で美容院経営をしていた香取さんが、未知の分野に飛び込んだ理由は?その背景にある視点を伺います。

なぜ、縁のない町である久慈市へ?

「ネットで、縫製の町を調べたら、唯一、岩手県久慈市がヒットしたんですよ」 香取さんは、久慈市に移住したきっかけを、そんな風に話しだしました。数年前まで、東京都内で2つの美容院を営んでいた香取さん。現在は県庁所在地である盛岡市にも拠点を置き、双方を行き来する日々です。

「東京での美容院経営はぼちぼちでしたが、今後を考えれば楽観視はできませんでした。ちょうど5年程前から服飾関係の仕事に興味を抱き、漠然ながら気に留めて情報を集めていたんです。Tシャツを作って売りたいと考えていたので、そのためにいろんな裏付けや情報収集が必要でした。どんなに良いものでも、売るためには背景となるストーリーが重要。戦略の一つとして『縫製の町』で作りたいと思いました」

そもそも、アパレル業界と接点がない香取さんが、洋服を作る段階から手掛けようと思ったのは、単純に自分が欲しかったからだといいます。

「流通している現行商品に満足していなかったんですね。もっと自分の理想のものが欲しいというか。とはいえ、洋服にすごくこだわっているわけではないんです。昔から、気に入ったものがあれば、同じデザインのものを着続ける感じ。でも、メーカー側はシーズンごとにデザインを変えたり、良いものほど限定品だったりしますよね。良い定番品をずっと供給しつづけたら自分と同じように欲しいと思う人はいるのではないか。それが起業の出発点です」

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気に入ったら同じものを3枚とか買ってしまうタイプと笑う香取さんにとって、Tシャツはスタンダードな洋服の一つであり、無地でシンプルだからこそ質がよくて心地よい肌触りのTシャツを作りたかったのだとか。そこには、装う側の素直な思いがあったようです。

「自分自身は、ファストファッションだって全然構わないと思う一方で、品質の良いものを身につけたい思いもあります。着たいものを探すとブランド品にたどり着き価格も高くなってしまう。でも、長く着続けていくことを考えたら、価格と品質のバランスがよくて誰もが購入しやすいものが欲しい。そういう洋服を普及できたら自分も含めてうれしいですよね。Tシャツは昔も今も利用され続けているし、自分で作ったら売れるんじゃないかって」

久慈市は知る人ぞ知る、縫製の町

リサーチを重ねる過程で、「縫製の町」をネット検索したところ、たまたまヒットしたのが久慈市。久慈市といえば……、NHK朝のテレビ小説「あまちゃん」の舞台というのが、ここ数年における地元での紹介キーワードです。

しかし、香取さんが話す通り、久慈市およびその周辺は高い技術が認められた国内有数のモノづくり地域。高級ブランドメーカーの婦人服、子ども服、武道衣、作業ユニフォームまで、多様な縫製・繊維関連企業が集まっています。

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香取さんがスマホを検索して見せてくれたデータ(雇用保険繊維工業適用状況:平成25年6月久慈職業安定所)によれば、久慈市における全就労者の5.4%が繊維工業に就労しており、やや乱暴ながらも数値だけで比較すると、全国比の約5倍にあたります。

「ちょうど、岩手県北地域に集積する縫製業が『一般社団法人 北いわてアパレル産業振興会』を発足させた頃でした。全国に縫製が盛んな町は沢山あると思いますが、岩手県が気概を持って縫製業を後押しする空気も感じられたので、じゃあ、こういう地域で仕事したほうが面白いな、と思ったんです」

そして、2015年3月。経営していた美容院を手放し、その譲渡金を資金に会社設立準備をすすめます。さっそく岩手県に足を運び、いわて産業振興センターが開催した縫製業と首都圏をつなぐビジネスマッチングフォーラムにも参加。いろいろ企業を紹介してもらう中で、現在同社のTシャツ製造を行う、株式会社アクティブの工場長と知り合いました。

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アクティブの工場長と打ち合わせする香取さん

同じ縫製業でも、それぞれの会社でジャケットやカットソーなど得意分野が違いますが、株式会社アクティブは、大手服飾メーカーの縫製を担う会社で、Tシャツはお手の物。運命の出会いでした。その後、具体的な相談をするために、香取さんは何度も工場に出向いて打ち合わせを重ねたそうです。

「今のデザインは、何枚ものTシャツを購入して生地や形を絞り込み、デザイナーともブラッシュアップしながら、一つのパターンにしあげたものです」と振り返る香取さん。こうして、2016年春、久慈市生まれのオリジナルTシャツ「9o'clock」が誕生しました。 その名前は、生産地である久慈を同発音の「9時」にかけたもの。この名前一つとっても、話題を広げるきっかけになるといえます。

デザインと質の良さを追及した「9o'clock」

「9o'clock」の試作にあたっては、市販される1,000円から2万円代まで20枚以上のTシャツを買ってそのフォルムや機能性などを徹底比較したといいます。その結果できあがったのが、縫い目の美しさ、美しいシルエット、コットン100%ながらもさらりとした質感のTシャツ。首回りがキレイにみえる丸首、Vネックのラインも緩やかに品よく……と細かなラインにこだわっています。

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また、一般的なTシャツに使われる天竺素材とは違って、きめ細かく織りこまれたスムース素材は高級感があり、スタイリッシュでジャケットに合わせても違和感なく着こなせそうです。

販売スタートは2016年5月、最初に揃えたTシャツは400枚でした。ウェブ販売だったにも関わらず約2カ月でほぼ完売し、「素人としては上出来かな」と振り返ります。

「ウェブサイトから服を買うって、けっこうな賭けですよね。Tシャツとはいえ1,900円位なら失敗しても諦めがつくけれど、うちでつくるTシャツは3,500円(税別)。決して安くないですが、これでもアパレル業界のなかでは原価率が高いんです。とはいえ久慈市で作っていることに意味があるのでストーリーは大事にしたい。だからこそ、品質よい商品を作りたいんです」

大事なのは、自分がどんな人間なのかを知ってもらう、こと。

起業から約1年。事業開始後、営業活動を1度もしていないにも関わらず、取り扱い希望の連絡を受けて、現在は盛岡、東京都内、ニューヨークのセレクトショップなどでも販売しています。「MADE IN KUJI」に至る背景を、ホームページやブログで発信し続けてきたことが、新聞やテレビ、雑誌などメディアからの取材につながり、実店舗販売も増えつつあります。

「世の中で地方創生の動きが顕著になって、地方に目が行きはじめた頃に起業したのでタイミングがよかったんです。同じことを東京都内でやってもさほど注目されませんが、地方で立ち上げたからこそ、地域性が生まれて物語として紹介されやすくなる。その流れにうまくのっかっただけですよ」と香取さん。

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洗濯タグにはMADE IN KUJIの文字が

久慈市を盛りあげたいとか町が好きだ、というわけではなく「単純に自分が好きな事をやりたいと思っただけ、高い志とか全くないんですよ」と言葉を必要以上に飾りませんが、 これまで関わってきた工場関係者や地元住民の優しさを実感する場面も多いといいます。

「まちが元気になるとか、人とのつながりとか、それは好きなことを思いきりやった結果として、後からついてくるものなんだと思っています。だって、久慈市に縁もないのに、ここを盛りあげたいなんて言ったら、おこがましいっていうか、かえって胡散臭いですよね」

そんな香取さんは一見ドライに思えますが、ビジネスに対する明解かつ潔い姿勢を感じます。そして、ブログなどで、継続的に自身の日々や商品に対する考え方を紹介することも、重要な発信と捉えています。

「商品は、世の中にいくらでもいいものがあるので。それを作る自分自身をどう発信していくかが大事。きれいごとだけじゃなく、共感してもらうには包み隠さず自分をオープンにしていく必要があると思います。幸い、批判があってもあまり気にしない方ですから」と笑います。

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自身がやりたいことを実現できる場を探す中でたどり着いた縫製の町・久慈市。そこから現在は盛岡市にも拠点を用意し、香取さんは岩手をフィールドに動き出しています。この土地への執着があるわけではないので、「もし検索時に九州があがったら、そこに行っていたかも……」と話す香取さんですが、久慈市で生まれた「9o'clock」というブランドの先に、一つの可能性を感じています。

「アパレルは全部分業制。残念ながら岩手県には生地製造会社がないのですが、本当はいつか岩手で生地から縫製まで仕上げる一貫した生産体制をつくることができたら、と考えているんですよ」

数々のメディアに取りあげられた1年目というラッキータイムもそろそろ終わり、とクールに見極め、新しい仕掛けにも取り組み中。今は秋に向けて、別の得意分野を持つ工場とタッグを組んで新しいアイテムを試作中です。

香取正博氏

香取 正博さん

1984年生まれ 千葉県出身。高校を卒業後に美容師の道へ。東京都内で2店舗の美容室を経営していたが、2015年に事業譲渡し、2016年3月に岩手県久慈市に移住。久慈市内の縫製工場と提携した国産アパレルブランド「9o'clock」を立ち上げ、同社名の会社を設立した。
http://9oclock.co.jp

水野ひろ子

水野 ひろ子

岩手県在住フリーライター・エディター。行政や企業等の編集物制作に関わる傍ら、有志とともに立ち上げた「まちの編集室」にて、ミニコミ誌「てくり」や「いわてのうるし」「岩手のホームスパン」など、県内のクラフトや地域文化を題材にした別冊の発行を行う。また、伝統工芸を生かした商品開発と販売も展開している

☆「てくり」サイト  http://www.tekuri.net 
☆いわてのてしごと通販サイト「te no te」  http://www.tekuri.net/tenote

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