中小企業支援で地元・宮崎に恩返し―ひむか‐Bizセンター長
日向市中小企業支援センター「ひむか‐Biz」センター長 長友 慎治さん
小御門 綾
2018/08/28 (火) - 08:00

宮崎県日向市で中小企業支援のための拠点「ひむか‐Biz」のセンター長として、毎日奔走する長友慎治さん。2017年1月のセンター開所から毎月120件というペースで、売上アップや創業・開業などの相談を受けています。「いつかは故郷・宮崎に恩返しがしたい」と思っていた彼が、なぜ40歳になる前のタイミングでJターン、転職したのか話を聞きました。

大学時代に出会った“めちゃくちゃな社会人”

故郷・宮崎で高校卒業までの日々を過ごした長友さんは、早く家を出たいと考える自立心の旺盛な青年だったそうです。高校では漫画『スラムダンク』やバルセロナ五輪のドリームチームの影響でバスケットボール部に所属するも、靭帯と半月板損傷のケガで部活を続けられなくなり、路線変更。生徒会長になり、それと並行してユネスコ部にも所属。他校と一緒に国際交流やボランティア活動を行うなど、受験勉強一辺倒ではない高校生活を送りました。

卒業後、早稲田大学に進学するため東京へ。子どもの頃から豊かな宮崎の自然のなかで川遊びや魚釣りに興じた経験から、大学では自然のフィールドを渡り歩くワンダーフォーゲル部に入部しました。

本格的な山登りや沢登りをしながら自然と戯れ、同時に冬山の怖さを、身をもって体験。さらに、1学年上の先輩が全員やめてしまったため、2年続けて主将を務めるなかで、仲間や下級生を守ることも学んだそうです。部活動とその資金づくり、生活費のためのバイトに明け暮れた長友さんは、就職先として新聞社に狙いを定めますが、時代は就職氷河期の真っ只中。望んでいたとおりの結果は得られませんでした。

けれど、彼の職業観、人生観に大きな影響を与える「めちゃくちゃ仕事をする社会人」に出会います。

「アルバイトをしていた新聞社が、若者向けの週刊タブロイド紙を創刊しました。その編集部で僕は下調べや雑用などを受けていたのですが、外部から集まったフリーランスの編集者やライターさんたちの凄まじい仕事の仕方を見せつけられました。徹夜はあたりまえで、3日連続編集部に泊まっている人もいました。そんな人たちから『ごめん、靴下買ってきて』とか頼まれて。そして、入稿が終わると豪快に飲んで、時事問題や政治について意見を交わしたり、本や音楽などのカルチャーについてそれぞれが持論を展開したり。そのときに出会った“遊ぶように働き、働きながら遊ぶ”大人たちがとてもまぶしく見えました。なぜなら、みんな喜々として仕事をしていたから。そのときに、会社に所属することにこだわらず、自分のスタイルで仕事を楽しむ大人になりたいと思ったのが、自分の働き方の原点のような気がします」

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仕事のあてはなかったが「宮崎に帰る」と決断

その編集部で出会った人たちとの縁に導かれて、広告制作会社、週刊誌編集部、タウン誌編集部などでライター、編集者としてキャリアを積みます。自身の会社を立ち上げた後、大手広告代理店の子会社「博報堂ケトル」に勤務。誰もが知るナショナルクライアントとの仕事を通じて、得るものも多かったといいますが、一方で全国的に地方の過疎化が問題視され、故郷のシャッター商店街も目立つようになっていました。そんな頃、東京で働いていた宮崎出身の若者の間で変化が起こりはじめました。

「僕より少し後の世代の宮崎出身の若者たちが、宮崎にUターンして活躍しはじめたんです。選挙に出る人や地元の大学の講師になる人など、彼らの活躍がとても気になるようになりました」

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それまでは、「老後は故郷に帰るんだろうな」ぐらいにしか思っていなかったという長友さん。しかし、ふと「歳を取ってから帰っても役に立たない。東京で経験を積み、体力も気力も十分ないまだからこそ、故郷の役に立てるのではないか」と気づいたんだそうです。

その瞬間、「宮崎に帰る」ことを決断し、妻に報告。「相談ではなく、報告でしたね(笑)。仕事も決まっていなかったので、そのときは宮崎市の繁華街『若草通り』に昔の賑わいを取り戻したいと思い、角打ちを始めようかと考えていました」とのこと。

SNSで知った求人募集

物件を探しに一度帰省することを考えていた矢先、中小企業支援のためのセンターが宮崎県日向市にできることが決まり、センター長を公募していることをSNSで知ります。故郷に帰ることを決めたからこそ“宮崎”というキーワードが自分のアンテナに引っかかりやすくなっていました。

「知人がFacebookに情報を上げていて、応募締め切りが3日後だと書いてありました。直前に知ったことも何かの縁だと思い、徹夜で応募書類を作成。速達で投函しました」

これが、現職への道につながります。長友さんがセンター長を務める「ひむか‐Biz」は、静岡県富士市の富士市産業支援センター「f-biz」をモデルとするもの。会社が小さいがゆえに経営課題を共有できる社員が少なく、孤立しがちな小規模事業主や中小企業の経営者を支えるのが仕事で、これまで培った経験や新たな視点から売上アップのためのアドバイスをし、成果が出るまで伴走する公設民営スタイルの経営相談所です。

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2017年1月24日の開所から1年間の相談件数は、1450件。平均で毎日6件、月平均にすると120件の経営コンサルティングを行ってきました。これは“本家”f-Bizの開設初年度の1アドバイザー当たりの件数96件を上回る数字だそうです。

そのなかには、「絵本を出版したい」という主婦の相談者も。十数回のアドバイスの結果、夫とともに起業。自費出版を果たし、いまでは「しあわせの妖精ひむまるくん」というキャラクターとして、地域のお祭りに出演。さらに地元高校生とグッズ制作や販売を行う「チャレンジショップ」を運営するなど、地元で知られる存在になっています。

また、日向市名産の「はまぐり碁石」を製造する老舗企業が2017年に創業100年を迎えるため、それにふさわしい事業を行いたいという相談には、日本記念日協会を通して「碁石の日」(5月14日)を制定することや、新名物「碁縁(ごえん)釜めし」を誕生させることなどを提案。コンセプトやネーミング、イベントの運営にまでアイデアを出し合い、実現に導きました。

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ネガティブなことを考える前に「素直になれ」

それまで身をおいていたマスメディアの世界から中小企業支援の仕事へ――。一見、両者には共通点があまりないようにも感じますが、今までのキャリアがすべて役に立っていると長友さんはいいます。

「マスコミ、マスメディアという業界で仕事をしていましたが、自分自身もフリーランスの時代もあったし、従業員3人の小さなコンテンツ制作会社を経営した経験もありました。中小企業の相談所の仕事は、まず話を聞くこと。そういう意味では、週刊誌の記者時代の経験から相手の話を引き出すことは自然にできましたし、中小企業が苦手とする情報発信、PRについてはこれまでの経験が全部活かせています。何よりも地元・宮崎のためなら、休みなど関係なくなんでもしたいと自然に思えることが、自分の一番の強みだと思います」

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地方で活躍するにあたって、無駄な経験など一つもない。さらに地元を愛する気持ちがあるからこそ、早くも地域に溶け込み、成果にも繋がっている――。長友さんのお話を聞いていると、そんなふうに思えてきます。事実、長友さんはJターン先の青年会議所(日向JC)に所属したり、厄払いの行事に積極的に参加したりと、地域の取り組みやコミュニティーに自然に入り込み、地域の一員として忙しく活動しています。

「もし、故郷に帰りたいけど、仕事面が不安で決断できない人がいたら、僕は『自分の気持ちに素直になれ』とアドバイスします。“地方には仕事がない”“地元は給料が安い”などといっているうちは、その人はどこにも行けないでしょう。そんなことよりも『自分はどうしたいのか』という自身の内なる声に正面から向き合えば、おのずと答えはでるはず。そうして一歩踏み出した人に、その人がやるべき仕事は見つかるし、自分で仕事をつくり出すこともできるようになります」

日向市はサーファーにとって、“聖地”ともいわれる海岸を有し、2017年9月には世界ジュニアサーフィン選手権が開かれたところ。サーフィンを目的に移住してくる人も多い場所です。

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「波がいいといわれる日向に来たので、僕もサーフィンを始めました。車で10分ほど行けば波に乗れるなんて、都会に住んでいた時の自分から考えたら、信じられないほど贅沢ですよね。初心者なので、腕前はまだまだですが(笑)」

同時に、地元でサーフィンをやったことのない人が、意外と多いことに驚いたといいます。

「生まれたときから近くに海がある人にとっては、当たりまえすぎて魅力がよくわからないということがあるのでしょう。他にもJターンした僕だからこそわかることがあると思っています。宮崎県ではあるけれど、あまりなじみのなかった日向市に来ることで、より僕の役割が明確になったといえるのかもしれません」

宮崎という故郷で、地方創生における“よそ者”の存在意義を示している長友さん。彼の「恩返し」はいま、始まったばかりです。

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日向市中小企業支援センター「ひむか‐Biz」センター長

長友 慎治(ながとも しんじ)さん

1977年宮崎県生まれ。早稲田大学卒業後、新聞広告制作や週刊誌の記者、タウン誌の編集長などを経て、2010年コンテンツ制作会社「囲炉裏」設立。その後、「博報堂ケトル」でコンテンツプロデュース、広告キャンペーンのエグゼキューションなどに携わる。2016年10月現職に就任。

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