金沢を世界で一番住みたい街へ!~移住・起業した夫婦の挑戦~
加藤 晶子
2018/12/27 (木) - 12:00

新幹線開通で観光客が倍増した石川県金沢市。観光地として有名な兼六園・黒部ダムを有する北陸の、一角を担う主要都市です。そんな金沢市で、移住と同時に起業した林俊伍・佳奈夫妻。一日一組限定で一軒家を中心とした宿の経営をはじめ、日々奮闘中のご夫婦の起業の決断と今後の展望をうかがいました。

脱サラからの起業の迷いと決断

佳奈さん、俊伍さんは大学卒業後、それぞれ大手人材企業と大手の商社で働いていました。一緒に住みながらお互いの将来について語り合うなかで、いつかは金沢に戻りたいといっていた俊伍さんの言葉もあり、佳奈さんは選択肢として起業を意識し始めました。 その背中を押したきっかけは結婚です。俊伍さんの地元、金沢に移住をするかどうかを含め、真剣に考えました。

実は、俊伍さんは、結婚を機に商社を辞め名古屋で高校の非常勤講師を務めながら、地元の教員採用試験を受けていたのです。

5歳のころから柔道を続けていた俊伍さん。「就職活動の時に、自分の中でのキーワードが、柔道・教育・石川県だったんです。教育ということで高校の先生を目指していたのですが、教員試験に落ちてしまったこともあり、再度考え直しました。柔道教室をやるということも頭をよぎりましたが、名古屋でお世話になった先輩に、『起業するなら、「決断」することが必要。選択肢を残したままではなく、何かを断たなければ起業なんてできない』といわれ、地元金沢のためになることをしようと思って、妻の起業を手伝うことに決めました」

金沢のためになることで起業をしようと考えたときにアイディアとして出てきたのが、外国人向けの宿を運営することでした。

「大学が外国語学部だったこともあり、海外旅行にはよく行っていました。海外のゲストハウスに泊まることはよくあり、日本でやるイメージがわいたんです。当時、新幹線が金沢に開通して1年くらいの時で、観光客が一気に増えた時期だったんです。ただ、一番多かったのが、東京からの日本人客で、観光施設も日本人に対応するので精いっぱい。外国人観光客も5年で4倍になっていたにもかかわらず、宿がなかったんです。そこで、外国人向けにいわゆるホテルではなく、金沢のよさも感じていただけるような宿を開きたいと思いました」と佳奈さん。

移住することに抵抗がなかったのかうかがってみると、「会社員時代は東京に行きたいと思っていて、ずっと地元の名古屋勤務だったので、どこかほかの県にはいきたいと思っていたんです。そんなこともあって、金沢にうつることに抵抗はなかったです。あと、夫に結婚前にも何度か金沢に連れていってもらって、おいしい食べ物がある素敵な街という印象が強く、抵抗はなかったです。おいしいものが大好きなので、胃袋をつかまれましたね」と笑顔で話してくれました。

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苦労の連続だった立ち上げ

金沢で宿を運営すると決めたものの、ノウハウも何もない二人は、東京で民泊を運営していた、あるオーナーの方を頼ることにしたそうです。

「宿の運営の受託という形で住み込みで働き、ノウハウを教えてもらいながらの毎日でした。やるからには会社としてきちんと運営したいと思い、いろいろな方のアドバイスもあり、簡易宿泊所の許可を取ることにしましたが、これに半年間かかったんです」と俊伍さん。「しかも、そこからが課題の連続で、部屋のオーナーだった方と経営の方針が合わなくなり、宿にお客さんは来ているのに、さらに半年間入金がない時期が続きました。通算1年間、収入がなかったんです」と苦笑いの俊伍さん。

ここで、二人に運がめぐってきます。「既存のオーナーと契約を切ろうと決めたタイミングで、金沢で別のオーナーの方に出会い、自分たちがやりたいことを伝えたら、『僕の部屋使ってみない?』といってもらったんです。ここから、自分たちで初めて考えて運営でき、お金がもらえるようになりました」

当初は赤字もあり、2人で5万円の生活費でなんとかしていたこともあったそう。
佳奈さんいわく、俊伍さんは、「人を引き寄せる天才」。いい人も、時には悪い人も引き寄せてしまうのがたまに傷ですが、それでも二人の起業や経営を支えてくれる何人もの人に出会ってきたのは、俊伍さんの人脈によるところが大きいのだそうです。

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日本の文化を体感できる宿が評判に

最初は苦労したものの、自分たちの想いで宿を経営するようになってからは、旅行サイトなどからコンスタントに予約が入り、集客の苦労はそこまでなかったそうです。

現在は、創業して3年目。宿にはすべて「旅音(TABI-NE)」と名前を付け、一軒家、アパートの一室で9棟の宿を運営し、全15室で総勢80人が泊まれる規模にまで拡大しました(2018年6月末)。

「お客さまは外国人が多く、特に欧米系の方が多いです。イギリス・フランスなど、ハネムーンでいらっしゃったり、ファミリーでいらっしゃる方もいますね。季節によってお客さんが変わってきて、冬になると、雪が珍しいシンガポール・インドネシアなどのお客さまが増えます」と佳奈さん。

「『旅音』の売りは、日本の歴史を感じる建物に泊まれて、大人数で一軒家を貸し切ることができるところです。キッチンが自由に使え、自炊ができるので、2週間~3週間の長期滞在の方に人気です。毎日、希望者とは日本的な料理を作るクッキングクラスもやっているので、これも人気の秘密です。ヨーロッパの人は古いものが好きなので、その国のものを体験したい気持ちがあり、選んでくださることが多いですね」

一見順調そうにも見えますが、先のことも見据えた戦略を考えている二人。
「ここ最近、金沢ではホテルの建設が進み、これから絶対集客が厳しくなると思っています。いままで旅行予約サイトなどに頼っていた部分を、自分たちの宿の魅力でもっとひきつけないといけないな、と考えているんです。その一つの準備として、今年の1~2月の閑散期に宿を閉めて、東南アジアに市場調査に行きました。たとえばタイは、年間100万人が日本に来ているのですが、金沢の認知度はまだ数%。そこで、現地の旅行会社や現地の人にヒアリングを行い、どんなところが人気なのかなどを調査しました」

宿泊だけにこだわらない夫婦のチャレンジとは

今後の展望を聞くと、まず俊伍さんが話してくれました。
「今年の10月までに、一棟貸しの宿が5棟オープンします。16部屋のホテルが一棟あるので、合計180人くらいが泊まれる規模にまで拡大しますね。でも、規模の拡大は今年中くらいをめどに落ち着けようと思っているんです。そして、今後力を入れていきたいのが、顧客層の拡大です。大きく二つ考えていることがあって、まずは『地元の人』に使ってもらうことです。たとえば、レンタルスペースのような形で、大人数の集まりなどで利用してもらえるようにと思っています。もう一つが、自分たちで宿を運営するのではなく、これから宿を運営したいと思っている自治体などへのコンサルティングです。空き家で困っていたり、人を呼びたいと思っている自治体の方からすでにお声がけもいただいています」

そして、佳奈さんには宿を使って実現したいことがあるそうです。

「いま運営している『おやま旅音』という宿は、地元のお花屋さんが内装デザインを手がけました。その他、加賀友禅を使ったふすまなど、他業種とのコラボが増えてきているんです。こうした地元企業とのコラボレーションを増やし、宿の内装に地元のものを使って、お客さまにも興味をもってもらう。そして、できることなら、その場で購入していただくような仕組みも作っていきたいんです」と嬉しそうに話します。

佳奈さんはもともと金沢の出身ではありませんが、地方ならではの良さを実感しているそうです。地物が市場やスーパーに普通に並び、窓を開けたら山が見え、季節ごとに花も変わり空気も変わる。こうした自然な四季を感じられるところや、近くの海で沈む夕日を見るのが大好きだそうです。

「目指すは、金沢が『世界で一番住みたい街』になること。その魅力は十分にあるので、僕たちが世界にどんどん発信して、伝えていきたいと思っています」と、夫婦で大きな夢を語ってくれました。

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林 俊吾(はやし しゅんご)・林 佳奈(はやし かな)

1986年生まれ。夫婦ともに大手企業のサラリーマンを数年経験したのちに、2016年、俊伍さんの地元である金沢での起業を決め、移住。2016年5月に「金沢に暮らすように旅をする」をコンセプトに、1日1組限定の宿、旅音(TABI-NE)を創業する。その後3年で、9棟の宿を運営するまでに成長させる。

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