精密機械加工と菌床椎茸栽培、共通点を見出し事業開拓
株式会社サンエイ興業 代表取締役 坂本睦海氏
兼行 太一朗
2018/07/12 (木) - 08:00

精密機械の組み立て・加工を手がける山口県美祢(みね)市の「株式会社サンエイ興業」。代表取締役を務める坂本睦海さんが新規事業として着目したのは「菌床椎茸の生産・販売」でした。既存事業のリスク軽減、新事業への資産の活用・応用、そして6次産業化。地方の経営者として坂本さんが見出した成功への活路とは――。

事業は100%下請けのみ。抱いていた危機に直面

サンエイ興業は、1986(昭和61)年に坂本さんの父・利道さんが中心となり創業(当時は有限会社)。防水工事事業を経て、1988(昭和63)年より、大手機械部品メーカーの下請けとして精密機械の組み立て・加工を担うようになります。

一方、地元美祢市(当時は美祢郡美東町)の豊かな自然に触れて育った坂本さんは、根っからの生物好き。「バイオテクノロジーを学びたい」という思いを実現させ、大学進学においては水産学の分野で微生物について研究、さらに大学院ではマダイの耳について研究を深めます。

卒業後はすぐに帰省し、一旦は環境関連事業の地場企業に就職。営業やプレゼンなどを学んだうえで、1996(平成8)年にサンエイ興業へと入社します。

「とにかく自然に恵まれた地元が大好きだったんです。大学で学んだ分野へ就職できれば一番でしたが、それよりもまずは必ず家に帰ろうと思っていました」と坂本さん。

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やがて10年が経過し、2006(平成18)年に専務取締役に就任。経営という視点に立ち、サンエイ興業の将来への課題として見えてきたのは、事業内容が大手企業の「100%下請け」であるという現状でした。

「半導体に関連する業界の中では、3~4年周期で景気の波があり、不況の際にどう乗り切るかというのは、かなり逼迫した課題でした。下請けだけにコストダウンも限界があり、ほぼ100%依存であったために自社独自の事業や技術もない。自然エネルギーやLEDについて勉強や情報収集をしつつ、世の中の動静を見ながら環境関連での新事業を模索し、倉庫として使っていたコンテナも生かしたいと考えていました」

100%下請けから脱却すべく、将来を見据えた矢先の2008(平成20)年、「リーマン・ショック」が発生。世界的な景気の冷え込みは、日本の地方の一企業をも窮地に追いやることとなったのです。

「仕事量は半年で単月の売り上げが7分の1にまで落ち込みました。あまりに急で、何一つ対策を講じることもできませんでした」と坂本さんは当時を振り返ります。

大ピンチが自社を見直すきっかけに。生き残りへの準備

懸念していた経営リスクにいきなり直面、それも、後にも先にもこれが最大ともいえるような規模で――。想像を超えるスピードで仕事が減っていく中でも、坂本さんが第一に心がけたのは雇用の確保でした。

ほとんどの企業で対策として最初になされていた人員削減はせずに、厚生労働省の「雇用調整助成金」を活用。仕事がない分は輪番による出勤とし、スタッフ一人ひとりが多能工となることで生産効率の維持に努めます。

また、時間的な余裕が生じたことから作業工程の見直しにも着手し、これまで「1日半」かけていた納期を「1日」に短縮。やがて、景気の底からの反転による漸進的な仕事量の増加が、スタッフの鍛錬にもつながり、リーマン・ショック前に比べて、生産効率の向上に成功します。

坂本さんは営業によって、業界や他社の状況を分析する中で、「発注が増えても、ウチではすぐに十分に請け負える」と自身を深めていきます。

「しのぐというレベルではないほどギリギリの状況でした。業界において、当初は『人を切らないで何をやっているんだ』と思われていたそうですが、後になって『サンエイさんを見習おう』となった。勝った、と思いました」

すべては坂本さんの判断。安易に人員を削減する「その場しのぎ」的な対策をせずに、いかに先は見えなくとも「回復期」を見据えた考え方が、サンエイ興業を救う形となりました。

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人材、スキル、固定資産も。既存財産を生かした「菌床椎茸」生産

景気の回復が進み他社が対応に遅れを取る中で、サンエイ興業はどこよりも早く再スタートに成功。金属の平面研削においては、県内では数少ない加工装置を所有している強みを生かし、新規顧客の獲得にも力を注いでいきます。

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「このままでいるつもりはない。生き残ったいま、これからどうするか――」。リスク分散を期す新規事業として、坂本さんが着目したのは「菌床椎茸」の生産・販売でした。

椎茸栽培には「原木」「菌床」の2種類があります。「原木椎茸」は文字通り、野生に近い環境に置かれる栽培方法で手間も時間もかかり、生産可能な時期も限定されているそう。一方の「菌床椎茸」は、基本的に室内栽培で、気温、湿度などコントロールできれば通年栽培できる上、量や形状も比較的安定しているというメリットがあるといいます。

そして、坂本さんが学生時代に熱中した微生物研究の知識が生かせる点、生産において同社に数多くあったコンテナが活用できる点、さらに、既存事業で確立させた生産・品質管理のノウハウが応用できる点など、スタッフ、土地はもちろん、多くの財産がそのまま生かせるという、サンエイ興業の新規事業としてこれ以上ないものでした。

「父親は農業好きで、すぐに賛成してくれました。一番の財産であるスタッフ、地元で30年続く企業としての信頼が生き、そして土地は潤沢にあります。リーマン・ショックからの回復後、欧州危機(2010年)でも一時的に3割売り上げが落ちましたが、今後はそんな場合にこそ、計画生産可能な菌床椎茸が、経営の緩衝材と成り得ると考えました」

2011(平成23)年6月、満を持して保冷性能が高いコンテナ8基で菌床椎茸の生産・販売をスタートさせます。

「『精密機械の組み立て・加工』と『菌床椎茸の販売・生産』は、業種としての分野は大きく異なりますが、必要な物を必要な時に必要なだけ生産する『ジャストインタイム』という考え方は、両者に共通するものです」

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1年後の2012(平成24)年6月には、坂本さんはサンエイ興業の代表取締役に就任。菌床椎茸の販売・生産について、「さんまいん事業部」として正式に事業化します。

なお、「さんまいん」という名称は「さん=“サン”エイ興業、太陽のSUN、讃える」と「まいん=MINE(地元美祢市のローマ字表記)、英単語の『わたしのもの』『宝物』『鉱脈』」という二つの単語を掛け合わせて、「私達の宝物(地域)に光を当て、讃え輝かせる」という意味を持たせ誕生。美祢市発の地域ブランドとすべく、その第1号として送り出した商品こそが菌床椎茸なのです。

ブランディングと販売戦略。6次産業化でロス率は最小限に

さんまいん事業部の展開においては、2012(平成24)年度内に「美祢市認定農業者」「山口県経営革新計画認証」「6次産業化・地産地消法に基づく総合化事業計画(農林水産省)」の認定、承認を立て続けに受けます。

「国や自治体の認定を受けることは、事業支援、PR活動、さらに農家や事業者といった協力者を募る上での大きなメリットになります。また、事業計画の作成はわたし自身にとっての事業のブラッシュアップにもつながりました」と坂本さん。

その中で特に重視したのは、「さんまいん」の菌床椎茸としてのブランディング、そして6次産業化による自社商品の開発でした。

まず、積極的に各種制度の認定を進めたことによって、地域メディアへの露出は着実に増加。同時に、休日を狙ってスーパーやショッピングモール、山口県内各地のイベントなどでのブース出店を繰り返し、SNSでの告知も駆使しながら認知度アップに奔走します。

そして、委託販売先の農産物直売所での売れ行きの傾向、イベント出店時の購入者の声は細かく分析。それぞれの場所の顧客ニーズに合った生椎茸のサイズが判明し、あえて大きめのものを詰め込んだり、小さめに均一化したりと、売れ残りのリスク分散に役立てられているそう。

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「生椎茸の販売先を『委託販売』『小売店直接取引』『卸売市場など』に分け、それぞれにあった商品を用意することが可能になりました。独自に『3分の1ルール』と名付けています」

それでも売れ残った場合は加工品として活用、つまり6次産業分野の本領発揮となるわけです。同社の統計では加工比率は約30%で、しかも生椎茸の売れ残りをその日のうちに回収し、良品のまま加工するというサイクルを確立させています。

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気候の影響はほぼナシ。農業でのコンテナ活用は世界も注目

当初、コンテナ8基でスタートさせた菌床椎茸の生産は、現時点においては38基で行われるまでに拡大。年間生産量は、2011(平成23)年の1.5tに対し、2016(平成28)年においては、なんと88tにまで達しています。

農業分野での保冷コンテナの活用も大きくクローズアップされることとなりました。気候に左右されることなく、徹底した生産計画と管理によって、通年で高品質なものが安定供給されるという点は海外からも注目を集めます。

「コンテナを活用した生産者として、特化した存在になりたいとも考えています。生産地でもある美祢市美東地域は、厳冬期で氷点下7?8度、夏季には連日のように真夏日、猛暑日が続きます。そんな中でも、保冷コンテナに家庭用エアコンを1台設置するだけで十分な温度管理が行えます」

国内だけでなく、シンガポール、バングラデシュ、スリランカ、ペルー、ロシアなど、海外からも視察団が訪れているそう。農作物の生産に適さない気候下にある国であったり、気温変動が極端な国であったり、坂本さん発案のコンテナ栽培が、各地の農業生産事情を救うことになっても、なんら不思議はないのです。

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廃菌床と休耕田を生かした、ジャンボニンニクの栽培

日本の農業においては、担い手不足という問題が顕在化。今や、休耕田、耕作放棄地は全国各地の至る所で見ることができます。美祢市はその大部分が、いわゆる中山間地域。高齢化、過疎化は顕著であり、深刻な現状に直面しているのです。

1996(平成8)年の帰省の折より「地域づくり」も強く意識していた坂本さん。美祢市の活性化を見越しての事業拡大を前提に、今後の3年、もしくは5年を考えているそう。

菌床椎茸については、地域の農家にコンテナごと提供する委託生産の推進を検討しているほか、廃菌床をすき込ませた休耕田でのジャンボニンニクの栽培も、年々その生産量を増やしています。次なる「さんまいん」ブランドの農作物として、既にビジネスベースでの増産は間近という段階まできているとのことです。

「廃菌床を堆肥としてすき込んだ土はフカフカになり、ジャンボニンニクがとてもよく育ちます。ほぼ『放置栽培』でも大丈夫というのがこだわりで、農地管理は容易。菌床椎茸から始まる、無駄のない循環型の栽培システムとして地域に広めたいと考えています。ニンニクはイノシシに荒らされることもありません」

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「家業」から「企業」へ。組織のさらなる成長を目指して

2015(平成27)年、国や自治体からの支援手続きの円滑化を検討し、サンエイ興業と株式会社農林漁業成長化産業支援機構の共同出資によって「株式会社さんまいん」を設立します。

「わたしのなかでは、あくまでもサンエイ興業を大きくしたいというのが前提です。そういった意味で、『さんまいん事業部』の子会社化は葛藤もありましたが、事業の効率化などを考えて踏み切りました」

リーマン・ショック、欧州危機と続いて、未だに経済情勢は不安定であり、なんとか完全に脱却したポジションに到達したいという焦りもあったと、分社当時を振り返る坂本さん。2つの会社に分かれることとなった社員に対する説明が後手となり、サンエイ興業スタッフ、さんまいんスタッフ両者の間に、モチベーションの乖離が生じるなど、“産みの苦しみ”を味わうこととなります。

反面、新たに新設された地域ファンドの出資第1号になるなど、明るい兆しが数多く見られたのも事実。偶然目にしたマザー・テレサの「思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから」で始まる名言に自身を奮い立たせ、両社の指針を見つめ直すなどして、問題を収束させます。

「障がい者施設と協力して、『就労支援施設』として地域で役立ちたいほか、美祢全体の産業観光の促進となるように、施設見学、食育への協力、菌床椎茸の収穫体験など、『社会起業家』として地域に大きく貢献したいと考えています」

新しい価値を地域に次々に創っていく企業づくりを目指したいと、坂本さんは力強く目を輝かせます。

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企業経営において景気変動は避けて通ることはできませんが、リスク軽減のためとはいえ、新事業の立ち上げもまたリスクであるのも事実です。坂本さんが歩んできた道、そして成功を成し遂げ次なる将来を描く道は、それこそが一つの“経営ブランド”といえるもの。同社の成長とともに、これからも国内外の多方面においてさらなる注目を集めるに違いありません。

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株式会社サンエイ興業 代表取締役
株式会社さんまいん  代表取締役
山口県ペルー協会理事

坂本 睦海(さかもと むつみ)さん

1970年生まれ、山口県美祢市美東(当時は美祢郡美東町)生まれ。山口県立西京高校を経て、日本大学農獣医学部水産学科へ進学。さらに日本大学大学院農学研究科において水産学を専攻。1996年に山口県へ帰省し別会社での勤務の後、1998年に有限会社サンエイ興業へ入社。2006年に専務取締役、2011年に代表取締役に就任し、2010年より取り組んでいた保冷コンテナを活用した菌床椎茸の生産・販売事業を「さんまいん事業部」として立ち上げる。2012年に「美祢市認定農業者」認定、「山口県経営革新計画認証」承認、さらに2013年には「6次産業化・地産地消法に基づく総合化事業計画(農林水産省)」認定。続いて2014年、「山口ビジネスプラン評価プロジェクト」において「A」評価を受ける。2015年1月、有限会社から株式会社に組織変更し、同時にさんまいん事業部を「株式会社さんまいん」として分社化。山口県への帰省後から、留学生と積極的に交流を続け、山口県ペルー協会理事に就任。現在、外国人の友人は20カ国150人以上にも及ぶ。

株式会社サンエイ興業・株式会社さんまいん http://sunmine.co.jp/

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