人間の本来性が生産性につながる──そんな働き方をしたい
株式会社エスパシオ 下田直人氏
鳥羽山 康一郎
2017/04/05 (水) - 08:00

社会保険労務士事務所を経営し、忙しくも楽しく仕事をしていた下田さん。カンボジアでの体験をきっかけに人生観が変わり、沖縄へ移住して新たな仕事を始めました。コーチング、研修事業などを進めながら、人間が本来持っている心を取り戻して仕事に向かうことができる環境を創造すべく動いています。下田さんが考える「新しい働き方」とは? どうしたら自分らしく働くことができるか? そのヒントは「行動すること」でした。

順風満帆なビジネスライフでふと感じたジレンマ

私は社会保険労務士の事務所を28歳で立ち上げたんですが、そのときは業界未経験だしコネもおカネもなし、という状態でした。しかしいろいろなご縁に恵まれ、ビジネスは順風満帆に。書籍を11冊出版したり、セミナー講師として全国各地へ呼ばれたり、社労士という仕事にやりがいを感じ、楽しく毎日を過ごしていました。しかしその一方で、社労士のメインの業務である「労務管理」に限界も感じていたのです。組織運営上、管理は大切ですが今の世の中それが行き過ぎ、息苦しくなっている。管理を徹底しても対症療法に過ぎず、抜本的な解決にはなりません。そんなジレンマを抱えつつ、もっといろいろな立場の人がその人なりにイキイキと働ける場所が作れないか、と思い始めました。管理されるのではなく、人間の本来性が生産性につながるような場です。そんなある日、素晴らしい出会いがありました。

カンボジアで出会った人間らしい働きの場

ご縁があってカンボジアにある「伝統の森」という場所を訪れたときのことです。ここはポルポトの内戦で消えてしまったシルクの「クメール織り」を復活させるべく、森本喜久男さんという日本人が作ったところです。東京ドーム5個分くらいの森の中に社宅と作業場が点在していて、150人くらいの現地の人たちが暮らしています。本当に村のような場所なんです。障がいがあったり身寄りがなかったり、いろいろな境遇の人たちが助け合いながら働いていました。そしてそこでできあがる製品は、世界レベルの品質です。ここにこそ働く人たちの幸せの原点がある、こんな雰囲気の場を作りたい、と直感しました。そこの空気感も崇高でした。こういう場にゲストハウスがあれば、そこに滞在した人がその雰囲気から何かを感じ取り、生活が豊かになっていくのではないかと思ったのです。

「塩」をきっかけにして沖縄に移住を決意

日本に帰りまた忙しく働いていたのですが、たまたま妻の家族がいる沖縄へ旅行に行きました。偶然ある資料館に入ったところ、昔の塩田跡が残っている場所という展示がありました。「これだ!」と閃いたんです。それには実は伏線があって、たまたまテレビで、淡路島で塩づくりをしている人のドキュメンタリー番組を見ていたんです。塩は、人間が生きる上で欠かせないもの。それを作るというのはとても気高い仕事ではないか。いろいろな立場の人たちと一緒に仕事ができるのではないかと、ずっと思っていました。沖縄で塩田跡を見たとき、自分が思い描いていた場はここで作れるかもしれないと、心に秘めていた思いがつながったわけです。そこで、まずは沖縄を知るため移住しようということになりました。でも東京には事務所があるし、スタッフもいる。クライアントに対する責任もあります。そこで、私の意を汲んでくれて、仕事に対する姿勢や意見も近い社労士にクライアントを引き継いでもらうことにしました。その人が経営する事務所と合併し、私は代表を降りて役員となり、仕事の負担を減らすことができたのです。

「沖縄から東京に通勤」という感覚で

月のうち沖縄の自宅で20日仕事、残りの10日は東京で仕事したり大阪や広島に出張したりしています。自分の中では「沖縄から東京に通勤している」という感覚ですね。東京ではワンルームマンションを借りて住んでいて、シェアオフィスや役員をやっている社労士事務所で仕事をしています。妻も社労士なんですが、沖縄に移住してからは私同様東京との間を行ったり来たりの生活です。沖縄では企業の経営者や役員などを対象としたコーチングを、Skypeなどで行っています。地方移住を検討している人のコーチングや、沖縄での企業研修もあります。そしてもうひとつ、沖縄本島北部(やんばる)の海や森に触れながら自然の中で内省し、自分の課題を解決していくコーチングプログラムもあります。普段は都会の雑音でかき消されていた、本当に大切なことに気づいてもらうのが目的です。それと、以前からブックカフェをやりたいとも思っていたんですが、ちょうどいい古民家が見つかったので、そこで開業する予定です。単なるカフェではなく、人と人がつながっていき、お客様の間に優しさや幸せが伝わっていくような仕掛けができたらな、と。このエリアで生活している人たちの空間と訪れる人たちの空間が、シームレスになっているような場を作りたいと思っています。

考えるより行動する。行動から学んでいけばいい

私が今のような働き方に変えたとき、周囲はとても驚きました。社労士の業界ではそれなりに目立つ存在でもあったので。「目からウロコの働き方」「沖縄から東京に出勤するなんて考えたこともなかった」「働き方のとらわれがなくなり、いろんな可能性を見せてもらった」などという感想をもらいます。「新しい働き方」というのは、生産性の向上とは正反対で、人間の本来性を取り戻していくことだと思います。「幸福感の追求」と言ってもいいかもしれません。心の余裕、人と関わる大切さ、利他の心が持てることなんですね。そんな心を取り戻して、その心で仕事に向かうことが「新しい働き方」ではないでしょうか。15年間、業種や規模を問わず何百という会社の現場を見続けてきた経験からの実感でもあります。新しく行動をするとき、損得勘定で考えない方がいいと思っています。考えてしまうとどうしてもネガティブな方に寄ってしまい、行動を留めてしまうからです。どんなに考えてみても想像以上のことは起こりますし。今と違った働き方が自分にフィットすると感じたら、考えずに行動を起こしてみたらいかがでしょうか。例えば、有給休暇を取って憧れる場所に行き、そこでちょっと仕事をしてみる。気の向いた場所に滞在して、そこで働いている人と対話をしてみる。そうやって、自分の心に浮かんだ感覚が正しいかどうか確認していくといいと思います。正しいと確信したら、あとは実行あるのみです。気負わず、気軽な感じで始めたらいいと思います。失敗したらやり直せばいいんです。飲み会のネタになる、くらいの感覚が大事なような気がします。

株式会社エスパシオ 代表取締役

下田 直人さん

埼玉県出身。東京で社会保険労務士事務所を経営する傍ら書籍の執筆やセミナー講師として忙しく活動。現在は沖縄に拠点を移し、経営者や役員、地方移住を検討している人などへのコーチングなどを行う。古民家ブックカフェのオープンにも向け、準備中。

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