世界で認められる地方の価値。アーキス代表・松浦奈津子氏

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世界で認められる地方の価値。アーキス代表・松浦奈津子氏
2017/10/10 (火) - 08:00
兼行 太一朗

アラブ首長国連邦・ドバイのアルマーニホテルで、60万円の値がつけられた高級日本酒をご存知ですか?その名も「夢雀(むじゃく)」。手掛けたのは、山口県のArchis(アーキス)という小さなベンチャー企業。世界への発信をテーマに描く、代表・松浦奈津子さんの地方創生はまだ序章。夢へと羽ばたき続けるその想いに迫ります。

地方発世界!日本の真の力は田舎にあり

2017年9月2日、爽やかな秋空のもと、山口県山口市阿東の田んぼで稲刈りを楽しむ大勢の人々の姿がありました。常に人の輪の中にあって、人一倍元気に声を発する女性の姿。彼女こそが高級日本酒「夢雀」を世に送り出した、株式会社Archis(以下アーキス)代表取締役社長・松浦奈津子氏その人です。

「田楽米(でんがくまい)の稲刈りフェスin山口市阿東徳佐」と題したこの催しは、今年で4回目。参加者は、地域の人に加え、報道などを通じて取り組みに共感した人など、回を重ねるごとにその輪は広がり続けています。

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「田楽米の稲刈りフェス」は地域の人気イベント。「田植えフェス」とともに行政も注目しており、過去には県知事や市長も参加した(写真提供:アーキス)

「田楽米」もまた、彼女たちが送り出した山口発のブランドの一つ。「夢雀」と共通しているのは、高齢化、過疎化に悩む中山間地域を舞台に生産が行われているという点です。

「地方の生産物に新たな価値を見出し商品化、また、職人による加工によってさらに価値を大きくすることを念頭に活動しています。『日本の真の力は地方にあり!』です。その力によって産まれる素晴らしい価値を、国内だけではなく海外へと広めていきたい」と松浦さん。

「田楽米」プロジェクトは行政やメディアから大きな注目を集めたほか、米を使ったスイーツなど二次産品の製造、飲食店の出店など、事業発展を継続中。そして、“地方発世界”を謳い繰り広げられている「夢雀」のセールスは、地方創生、新たな日本酒の在り方など、様々な点でさらに大きなトピックとして紹介され、今なおメディアを賑わせています。

出身は山口県の中国山地奥深くに位置する集落で、「小学生時代の同級生はわずかに1人だった」と話す松浦さん。少子・高齢化が深刻化する自らの故郷を描き、同様な状況に苦しむ地方の魅力を引き出したいと意気込む彼女のチャレンジとはどんなものなのか、これまでの足跡をたどってみましょう。

新たな人生で選んだ道は「古民家鑑定士」

元々、故郷山口県への愛着が強かった彼女は、大学への進学も県内、さらに就職も同じく県内を選択し、就職先では地域情報紙の発行に携わりました。県内で活躍する多くの人への取材を経て、郷土山口についての「知識」と「愛」を深めると同時に、現在までに通じる幅広い人の「繋がり」を築き上げたといいます。

その後、結婚を機に退職し、専業主婦に転ずるも、好奇心と行動力旺盛な松浦さんにはしっくりこず――。彼女はいったん人生のリセットを決意し、新たな一歩を踏み出します。

「何か始めたいと目にとまったのが、『古民家鑑定士』という資格(一般社団法人職業技能振興会認定)でした。特に具体的な理由があったというわけではなく、ただ単純に『面白そう!』だと」と松浦さんは振り返ります。

過疎化による空き家問題も中山間地域における大きな課題。記者時代の取材や故郷への帰省などを通じて、地域活性化に対して自分に何ができるのかを、彼女は自然に感じ取っていたのかもしれません。

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中山間地域では後継者問題に加えて空き家問題も深刻化しており、古民家と呼ばれる築年数の古いものがほとんど

「生まれ育った実家も古民家で、縁側や土間など、元々古い建物の雰囲気が大好きでした。過疎化の進行とともに空き家があちこちで見られるようになって、朽ち始めたりすでに崩れてしまっていたり、何ともいえないもどかしさを感じていました」と松浦さん。

資格取得当時(2010年12月)の山口県内には、古民家再生を専門的に手がける組織は皆無。彼女は「やるなら一番目!」と志をさらに大きくし、一般社団法人「おんなたちの古民家」を立ち上げます。

建築ブレーンの助力。“右腕”の加入が大きな転機に

建築については素人同然だった彼女は、自らに今できることを問い、記者・編集者としてのスキルを生かしてインターネットを通じた情報発信に注力。扱いに悩む所有者と入居や活用に関心を抱く人との結びつけに貢献することとなります。

やがて、中山間地域の活性化に苦心する行政からも一目置かれる存在となり、2011年8月には、拠点を置く山口市から「山口市定住サポーター」に任命されます。

さらにその後は古民家と人との結びつけだけではなく、リノベーションもサポートすべく、大工や設計士といった建築の専門家たちとのパイプ作りにも奔走。関連業者による施工チームの構築によって、自らの手による古民家再生をも実現させたのです。

松浦さんが手がけた古民家再生はすでに10軒以上。住居だけではなく、デイサービスやカフェなど、活用法は多彩です。そのうちの1軒では、自らが“一見さんお断り”の1日1組限定の料亭を切り盛りし、訪れた地元の著名人は数知れずというほど人気を博しています。

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松浦さんが再生させた古民家の一つ。デイサービス施設として活用され、利用者にはアットホームな雰囲気で人気という(写真提供:アーキス)

次々に古民家再生を成し遂げていった彼女ですが、建築について、さらに経営についても経験を重ねつつあったとはいえ、まだまだ知識は真っ白に近い状態。持ち前の行動力を発揮できていたのは、建築業界のプロであったブレーンたちの助力があったからこそといえます。

中でも、現アーキス副社長、いわば松浦さんの“右腕”となった原亜紀夫氏は特筆すべき存在。建築会社の後継ぎでもある原さんの前職はバリバリの商社マンで、マネジメントと交渉のプロフェッショナルというそのスキルは彼女の大きな助けとなりました。

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松浦さんは理解者、協力者を増やすことで、専門分野を補っていった。原さん(写真左)との出会いは大きな転機に(写真提供:アーキス)

古民家再生は地域活性化とともにあり

そんな折、山口市阿東の農村集落で空き家となっていたある古民家との出合いが、彼女の起業家としての本懐へと導きます。山々に囲まれた高原に位置する阿東は、県内でも屈指の米の生産地。昔ながらの田園風景が広がる光景に、松浦さんは以前から深い愛着を持っていたといいます。

原さんの助言を元に、銀行から融資を受けて、築200余年という同邸宅を購入。露天風呂を備えた古民家民宿として再生し「旧山見邸 田楽庵」と名付けて2013年10月にオープンさせたのです。

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「旧山見邸 田楽庵」。田植えフェスや稲刈りフェスの際にも活用されている(写真提供:アーキス) 

「農業体験も含めて、田舎での古民家暮らしの楽しさを満喫してもらうための拠点施設にしてはどうかと考えました。そして、米の産地とはいえ、高齢化、過疎化によって現地の担い手は減る一方。地域の再生がなければ、古民家だけを再生しても意味がありません。地域の魅力を発信するために、周辺地域の根幹産業である農業の活性化も欠かせないという思いから、翌2014年からは近隣農家と協力しながら実際に米作りも始めました」と松浦さん。

阿東で栽培されているコシヒカリは軒並み「一等米」という最高ランクであり、全国のブランド米と比べても遜色ない美味しさは、現地の誰もが誇りにしている事実。松浦さんと原さんは「昔ながらの有機栽培または減農薬に取り組み、さらにプレミアムな存在にしてはどうか?人出がないなら、田植え、草刈り、稲刈りをイベントにして、参加者を募ればどうか?」と地域を巻き込み、思案をめぐらせます。

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田植え、稲刈りでは、「モンペッコ」を着用。伝統作業着「モンペ」をスタイリッシュにし、農作業をお洒落に楽しもうという観点で山口県立大企画デザイン研究室によって開発された(写真提供:アーキス)

熱い想いを持って描いた構想を実現すべく、補佐する原さんとともに奔走した松浦さん。冒頭で紹介したとおり「田植えフェス」「稲刈りフェス」は毎年メディアをも賑わせる地域の恒例イベントに。そして、栽培された米は「献上田楽米」という銘柄で、東京は日本橋の高島屋本店などで高級米として販売されるなど、ブランドの確立、流通経路の確保にも成功します。

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初年度の「献上田楽米」は桐箱に入れられ2㎏約5,000円の値をつけた。中国人観光客の「爆買い」で即日500箱が完売したこともあったという。現在は2kg税込1200円で購入できる(桐箱入りの販売はなし)

「正直なところ、当初は地元の人から白い目で見られることも多々ありました。熱意を持って、地域のためにと駆け回ってようやく信頼へと結びついたと実感しています」と彼女。

さらに、「田楽米」の米粉を使ったスイーツも、地元の菓子職人とともに開発。2015年5月には、現地の農家4戸を主体とする企業組合「アグリアートジャパン」を設立し代表理事に就任します。

「地域の魅力を増幅させることができれば、移住希望者もきっと現れるはず。そこで、再生した古民家も生かされます。企業組合の設立は、地元農家だけで事業を確立し推進させていくのが一番という考えからです。機を見て代表理事は地域の人に委ね、次なる古民家と地域再生に取り組みたい考えです」

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「田楽米」の栽培をきっかけに、菓子職人の協力によって誕生した米粉スイーツ「モチペッコ」。山口県6次産業認定商品にもなっており、アーキスの展開するカフェで購入可能
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山口県の人気観光地「角島大橋」たもとにあるアーキス経営のカフェ「晴ル家」(2016年5月オープン)。地元で愛されていた食堂を受け継ぎリノベーションし角島を訪れる観光客の人気スポットとなった。ライブや音楽フェス等イベントも頻繁に開催し地域活性化に貢献している

 

アーキス設立。「夢雀」とともに地方から世界へ!

「田楽米」が軌道に乗りつつある中で、松浦さんは原さんから次なる事業の提案を受けます。
さらに米の消費量を増やすために、液体にしてはどうだろうかと。「その検討中で高級日本酒を開発し、地域活性化につなげたいと考えました」と彼女。

酒米として選んだのは、伊勢神宮の神田でコシヒカリから突然変異して生まれたイセヒカリという品種。台風によってことごとく稲が倒された中にあって、わずかに2株のみ倒れず残っていたということから「奇跡の米」ともいわれているそうです。

「イセヒカリはその誕生物語に惚れ込んだ原さんの選択ですが、偶然にも実家を含めた故郷の錦町で多く栽培されている品種でもあり、何ともいえない縁を感じました。そして、彼が描いていたのは『ビンテージ日本酒』。寝かして価値を大きくするという試みは日本酒の概念を覆すものです。でも、それを試みている希少な杜氏さんが同じ錦町の酒蔵にいるなんて、鳥肌が立ちました」

松浦さんと原さんの熱意にほだされ、当初難色を示していたその杜氏・堀江酒場の堀江計全(かずまさ)さんも酒造りを受諾。世界を目指すお酒は、同蔵の看板銘柄「金雀」にちなみ、「夢雀」と名付けることとなりました。

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岩国市錦町の堀江酒場は1764年創業。県内でも最も歴史のある酒蔵とされる

2015年5月、錦町において酒造りのためのイセヒカリの田植えを実施。「田楽米」と同様に価値をさらに高めるために有機栽培を選択します。

また、「田楽米」の生産は古民家再生と密接に関わり合うものとして、これまでは「おんなたちの古民家」として取り組んできましたが、酒造りはまったくの新事業となるため、飲食事業の展開も含めた新たな法人として、同年7月に「Archis(アーキス)」(architectに複数形のsをアレンジした造語)を創業します。

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「夢雀」の醸造、セールスは、山口県と県内企業が出資する「女性創業応援やまぐち株式会社」の支援事業としての認定も受けている(写真提供:アーキス)

「夢雀」は日本酒としては純米大吟醸酒に分類されますが、特筆すべきは精米歩合18%という数値。50%以下で大吟醸酒となりますが、この数値が小さいほど雑味が削られ香り豊かな味わいになるのだそうです。

初年度は1,000本を生産。2016年8月、まず国内に向けてお披露目。750ml 88,000円(税別)の値がつけられ、地元山口県などでは、オール山口県産の逸品として、誕生までの過程とともに地元メディアに大きく取り上げられました。

価格の高さが話題となりましたが、彼女たちにとってはそれこそが望むところ。原料の産地、醸造の地である山口県の価値、錦町の価値・ポテンシャルの高さを示しているからです。

最大の目的である世界への販路開拓は、同年10月にアラブ首長国連邦のドバイからスタート。現地でも最高級に位置づけられるアルマーニホテルにおいて、「酒ソムリエ・オブ・ザ・イヤー」として世界にその名が轟く人物を「夢雀」は唸らせ、かくして日本円換算1本60万円の値がつけられることとなります。続いて11月、香港の高級ホテル「マンダリンオリエンタルホテル香港」でも、1本20万円という、日本酒としては破格の値がつけられました。

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ドバイのアルマーニホテルのセーラーに並べられた「夢雀」(写真提供:アーキス)
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2017年8月には上海でもプロモーションを行った(写真提供:アーキス)

「ライバルは、『ドン・ペリニヨン』や『ロマネ・コンティ』といった世界的に知られたビンテージ酒です。これらに負けないお酒として、世界に山口県発、錦町発の『夢雀』を広めていきたいと考えています」

どんな仕事をするかではなく、誰と仕事をするか

「地方創生に取り組んでいるというイメージはありませんでした。ただただ、生まれ育った故郷を何とかしたい、田園風景の残る地域を後世に残したいという危機感から、とにかく郷土山口県のためになる“何か”に取り組みたかったんです」と松浦さん。

「わたしは思い立ったら、行動せずにはいられないタイプ。商社マンとして豊富な経験を持ち、しっかりと根拠や理論に基づいてサポートしてくれる原さんの存在は計り知れないものがあります。たくさんのアイデアを出してくれるおかげで今があり、将来のアーキスがあると考えています」

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交渉は松浦さんの右腕、原さんの担当。英語も話せるというから心強い(写真提供:アーキス)

世界一高い日本酒造りは、これまで誰も挑んだことがないはず――。経営者としての責任と重圧にも時折襲われながらも、松浦さんは、自身を郷土の偉人「長州ファイブ」と照らし合わせて気持ちを鼓舞しているそう。

長州ファイブとは、西洋文明を学ぶためにイギリスへ密航した長州藩士5人(山尾庸三、伊藤博文、井上馨、井上勝、遠藤謹助)を指します。幕府の知るところとなれば死罪は免れないという状況下での渡英と帰国後それぞれの活躍は、山口県においては誰もが知る史実の英雄譚です。

「誰かが命がけでやらなければ何も変わらない。今、自分がその地点にいると考えています。日本酒のビンテージ的扱いは未知の領域で、まさに価値の改革。怖いけれどやってみよう、そうでなければ50年、100年先の『夢雀』は存在しないはずです」と彼女。

折しも、2018年は明治維新から150年。縁の大きな山口県では数多くのイベントが予定されています。松浦さん率いる「夢雀」プロジェクトは、まさに世界における日本酒維新。アーキスと産地、双方がどのように発展していくのか結果はまだこれから。“地方初世界”の描く将来に期待が高まります。

そして、地方創生という観点からは、思いの実現のために共感者を増やし続けてきた松浦さんの熱意と行動力にも注目したいところ。スキルや知識のない分野は、さまざまな専門家をチームに取り込むことで解決させ、思いの実現に至っています。熱意と行動力は誰もが備えるものであり、地方創生への貢献はすべての人においてチャンスがあるのです。

松浦奈津子氏

株式会社Archis 代表取締役社長
一般社団法人おんなたちの古民家 代表理事
企業組合アグリアートジャパン 代表理事

松浦 奈津子(まつうら なつこ)さん

1981年1月20日、山口県錦町(現岩国市)まれ。中国山地の山あいに抱かれた大自然の中で育つ。小学生時代の同級生は1人、全校児童は10人という。山口県立大学国際文化学部へ進学し、在学中にヨーロッパをバックパッカーとして旅した。2003年3月、大学卒業とともに、山口市の地域情報紙発行元に就職し7年間勤務。発行紙の編集長を務める。プライベートでは「よさこい」に打ち込み、全国各地で演舞を披露した。2010年に退職し、翌2011年3月に一般社団法人おんなたちの古民家を設立。さらに2015年5月企業組合アグリアートジャパンを設立、同年7月に株式会社Archisを創業。2017年4月には山口県立大学大学院へ入学し、「世界における日本酒のイノベーションとライフスタイルの創造」をテーマに研究を進めている。

兼行太一朗

兼行 太一朗

ライター/カメラマン

地元山口のフリーペーパー発行元に14年間勤務した後、フリーライター&カメラマンとして独立。観光・旅行案内サイト「ぐるたび」、KADOKAWA「ラーメンウォーカー広島・中国版」、ザ・メディアジョン「山口くちこみグルメ」、TAC出版「大人旅プレミアム 萩・津和野版」など、旅行、グルメ、歴史分野の書籍やウェブサイトを中心に取材・執筆を行っている。山口県内各地で撮影した風景写真は観光案内冊子などにも提供。また、拠点とする山口市では、歴史資源を生かした地域活性化に取り組むNPO法人「大路小路まち・ひとづくりネットワーク」にも所属し、守護大名大内氏や幕末に関する史跡、ゆかりの場所や人物についての取材を担う。

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