本当においしい“魚”を食卓へ。魚を通じて新しい価値や出会いを創出する「魚屋あさい」

main
cat_independence
本当においしい“魚”を食卓へ。魚を通じて新しい価値や出会いを創出する「魚屋あさい」
2017/12/11 (月) - 08:00
(株)くらしさ 長谷川 浩史&梨紗

「魚と人をつなぐ」をテーマに活動する「魚屋あさい」。店舗をもたない新しいカタチの魚屋として、2016年より本格始動しました。“魚”をキーワードに独立を模索していた夫の和浩(かずひろ)さんと、それを後押しした妻の有美(ありみ)さん。独立開業への道のりや夫婦で働くスタイルには、これからの時代の働き方のヒントがたくさんつまっています。

幼い頃の父との思い出から水産業界へ

静岡県沼津市出身の浅井和浩さんは大学から上京しました。ものづくりが好きで、機械システム工学科を卒業後は電気メーカーに就職。機械設計の仕事に就き、CADを使って図面を引く毎日を過ごします。2年間勤めましたが、PCに向かう日々に「自分には向いていないかもしれない」という疑問が徐々に湧き、仕事を辞めて地元に戻ることに。

「小学生の頃からよく父に網引きに連れて行ってもらっていました。地元では獲れたての魚を食べるのが当り前でしたが、改めてそんなことを考えていると、設計の仕事とは真逆の1次産業に興味が出てきて。そんなときに沼津港での仕事の募集があって、仲卸の会社に入ることになりました」

最初は魚の配達の手伝いから始まり、空き時間にさばき方を習ったり、余った魚を買って調理して味を覚えたりと、魚について学んでいった和浩さん。市場に売れ残る魚の多さや、敬遠されている魚でも実はおいしいなど、それまで知る由もなかった魚事情についても知ることになったそう。

「半年経って競り帽をもらえて、買付と販売をするようになりました。いかに安く買って高く売るかが自分次第なところもあり、ここで商売の原点的な面白さを知りましたね」

sub01

和浩さんが水産業界に足を踏み入れた2008年頃、SNSやインターネットの発達により、それまで市場にしか集まらなかった水揚げ情報がネットで流通するように。前職でPCに慣れていた和浩さんは、社内でネット販売事業を始めて都内の飲食店に魚を卸したり、新しく冷凍セットや干物セットをつくって販売を始めたりと、それまでになかった取り組みに尽力しました。

独立を視野に、輸入商社へ転職

「仲卸で5年ほど働きましたが、魚は水揚げがない日もあったりして、少しずつ物足りなくなって。もともと探求心旺盛なほうなので、魚の輸入についても勉強したくなって、再度上京して水産の輸入商社に転職することにしました」

この頃和浩さんは30歳。いつか魚にまつわる何かで独立したいと考えるようになってきていたそう。それにはあるキッカケがありました。

「仲間内のホームパーティーで魚をさばいたことがあったんです。沼津港から魚を仕入れて丸ごと持って行って。そしたらみんな写真を撮ったりして、すごく喜んでもらえて。刺身もあっという間になくなって、あのときの光景が脳裏に焼きついて離れませんでした」

sub02

独立の2文字が頭の片隅にありつつ、輸入商社では輸入した魚をいかに加工してスーパーなどへ販売するかという流通の仕組みを学んだそう。そして、プライベートでは2014年に結婚。翌2015年には第一子が誕生しました。

産後の“違和感”がことのはじまり

妻の有美さんは愛媛県松山市出身。和浩さんと同じく大学入学時に上京し、そのまま東京で広告制作会社に就職します。3年半ほど働くなかで、「リアルな空間づくりがしたい」という思いと、「学生時代の留学で培った英語を活かせる仕事を」ということからイベント会社に転職。モーターショーやサミット(主要国首脳会議)の企画などを手掛け、海外出張もある職場でバリバリ働いていたといいます。

この頃の夫婦のスタンスは、お互いやりたい仕事を尊重しながらやっていこうというもの。有美さんは和浩さんが将来独立したいという想いをもっていることも知っていて、独立の際には応援したいなと思っていたそう。

そんな折の出産。有美さんが初めての育児に追われる一方で、和浩さんは夢に向かって週末魚のイベントを開催していました。

「私はやりたいことができていないのに、夫だけ好きなことに向かっていて。不公平感を覚えてしまって、なかなか彼のことを応援してあげられていない自分がいました。それも嫌だったし、これは彼のやりたいことに私も絡んでいかないと夫婦がバラバラになっちゃうなと思って…」

sub03

産後3カ月ほど経って育児にも慣れてきた頃、有美さんはある行動に出ます。

「抱っこ紐で息子を抱っこしていたら、両手が空いたので何かできるなと思って。自分にできることを考えた結果、ソフトを使って夫のホームページをつくることにしました」

1週間ほどで完成したというホームページ。それまで和浩さんのやっていることをそばで見てきた有美さんは、本人から直接説明を受けなくても、和浩さんのやっていることややりたいことが分かっていたのです。問い合わせフォーム機能もついたページができ、それを見た和浩さんは「それはそれは感動しましたよ! 普通のホームページでも十分ですが、クオリティがすごく高くて」とそのときのことを振り返ります。

「夫に喜んでもらえて私もうれしかったですね。社会とつながれた気がしました」

夫婦の連携プレーで新たな展開へ

一度絡んでいこうと決めた後の有美さんの行動は早かったそう。幼子を抱えたまま営業活動に勤しみ、次々と仕事先を見つけてきたといいます。

「それまでも夫がやっていることは面白いと思っていました。でも何をもって“プロ”というのかを考えたときに、それは企業からお金をもらって、コンスタントに仕事をすることだと思ったんです。元々のコンテンツがいいので何より売りやすかったですよ(笑)」(有美さん)

その一つが、訪日外国人向けのお魚さばき教室でした。それまで個人活動として和浩さんがやっていたことを、インバウンドのツアー会社に売り込み展開したのです。

「お魚さばき教室は、外国人向けにやったら当たるだろうなと以前から思っていました。夫が沼津時代からお世話になっていた築地の仲卸業の方に協力してもらって、築地ツアーと組み合わせて企画しました」(有美さん)

sub04
▲築地市場の一角にあるキッチンを借りてお魚さばき教室を実施
sub05
▲説明の通訳は有美さんが担当

ほかにも、企業と一緒に子ども向けの食育イベントや婚活イベント、連載講座なども次々と企画し、実施。

「食育イベントではふだん魚を食べない子どもも食べてくれて、後から『次の日も回転寿司に行ってしまいました〜』といううれしい報告も受けたりするんです。まず魚に触れるというキッカケを提供することで、『魚ってこんな顔をしていたんだ』『こんなにおいしいんだ』っていうことを知ってもらい、築地にまた行ってもらったり、スーパーで魚を買ってもらったり、食卓に魚が並んで暮らしをより豊かにしてもらえたらなと思っています」(和浩さん)

sub06

いつしか有美さんが企画し、それを和浩さんが現場でカタチにするという夫婦の連携プレーが始まり、「魚屋あさい」のベースが出来上がりつつありました。

「いつでも、どこでも。へいおまち。」

この頃の和浩さんは平日商社で働きながら、並行して魚屋あさいの仕事をこなす日々。有美さんの営業活動の甲斐あってどんどんと忙しくなり、和浩さんは会社に相談して週3日勤務に減らしてもらいながら、2足のわらじを履く生活を続けていたそう。それでもいよいよ回らなくなり、2016年12月末に商社を退職し、魚屋あさいに専念することに。

仕事内容は大きく分けて4つ。企業の新年会や忘年会などの懇親会に行ってさばいて刺身や寿司を提供する鮮魚ケータリングサービス、お魚さばき教室などのイベントサービス、魚に関するコンサルティングサービス、そして前職の商社の仕事も業務委託で受けているといいます。

sub07

「ケータリングサービスはほかにも料理家がやっていますが、魚に特化したものはなく、何よりも仕入れの部分も手掛けられているところが私たちの強みだと思っています。水産業界はなかなかそう簡単には参入できないので」(有美さん)

そんな魚屋あさいは現在各方面からの反響が大きく、人が足りないという壁にぶつかっているそう。

「ありがたいことに問い合わせがたくさん来る状況で、今後に向けてもっと対応できるように体制を整えていかなければならないと思っています。僕自身現場も好きですが、商売を広げていくためには次の展開にいかないといけないなぁと考えています」(和浩さん)

sub08

「いつでも、どこでも。へいおまち。」は魚屋あさいのキャッチフレーズですが、店舗をもたない新しい形の魚屋夫婦ユニットは、いま次なるステージを迎えています。

個人が変われば、社会はもっと面白くなる

産休中に魚屋あさいの仕事をするようになった有美さん。実はイベント会社の仕事はいまも続けているんだとか。

「夫が独立してそれを手伝っていることを会社に相談して、業務委託にしてもらいました。もちろん彼の仕事も手伝いますが、私は私で自分の軸ももっておきたいんですよね。私は“コンポーザー”的役割で、いろんなものをつなげる仕事が性に合っていると思うので」

一緒に仕事をするようになってからも、「お互いのやりたいことをやっていく」という当初のスタンスは変わっていませんでした。そんなお二人に、独立開業を目指している人や、夫婦や近しい人と仕事をしていきたいと考えている人に向けて、アドバイスをもらいました。

「好きなことを辞めずにやり続けること。そうすると一つのことでもいろんな視点から見ることができて、商機が見えてくるかもしれませんよ。夫婦でやるコツについては、それぞれの得意な領域は信頼して任せることでしょうか」(和浩さん)

「夫婦で一緒に仕事をすることについては、2人で仕事をすると決めてから、子育ても自然と2人でできるようになりました。それが何より良かったです(笑)。独立開業については、足で動いたことで事業が進んだので、何かをやろうと思ったらまず動いてみることをオススメします。私たちは前職の会社にも相談して、業務委託というそれまでとは違った働き方をさせてもらえたのも、開業したての身にはベースの稼ぎができて良かったと思っています」(有美さん)

「本当に美味しい魚を食卓に届ける」という共通のミッションを掲げながらも、それぞれ個人の輝ける場所も見つけて、夫婦として、仕事仲間として、お互いを尊重しながら歩んでいる浅井夫妻。

「個人が変わっていけば社会はもっと面白くなる」。インタビュー中に有美さんが発していたその言葉をまさに体現している2人の姿は、これからの時代の働き方を示しているようです。

profile

魚屋あさい(浅井和浩・浅井有美)

「魚と人」をつなぐ、店舗を持たない新しい形の魚屋夫婦ユニット。築地ツアーや食育講座、鮮魚ケータリング&解体ショーなど、魚を通した新しい価値や出会いを創出する活動を行っている。
https://www.fishanddish.com/

くらしさプロフィール写真

(株)くらしさ 長谷川 浩史&梨紗

広告出版社を退職後、世界一周の旅へ。
海外で受け入れられている日本文化≒COOL JAPANと、
日本が学ぶべき海外の文化≒BOOM JAPANを発信しながら40ヵ国を巡る。
その後日本一周の旅へ。全国各地に根ざしたモノコトヒトを取材・発信する。
現在では、(株)くらしさを起ち上げ、
日本各地の「らしさ」を伝え、つないでいく活動に尽力している。

世界一周HP:www.cool-boom.jp   
日本一周HP:http://www.muji.net/lab/blog/caravan/   
くらしさHP:www.kurashisa.co.jp

このエントリーをはてなブックマークに追加

FEATURE

特集

サムネイル
サムネイル
サムネイル