食を通して健康と伝統を伝える。実践料理研究家・岩木みさき氏

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食を通して健康と伝統を伝える。実践料理研究家・岩木みさき氏
2018/01/09 (火) - 07:00
(株)くらしさ 長谷川 浩史&梨紗
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「実践料理研究家」として活動する岩木みさきさん。料理の道に入った背景には自身のコンプレックスがありました。独立して6年、高校時代に書き出した「やりたいことリスト」の夢を着々と叶え、最近ようやく自分を肯定できるようになったそう。目標を立てて真っ直ぐに行動する彼女の姿は、夢を叶えたいすべての人に勇気を与えてくれます。

自身が実感した食べ物の大切さ

高校1年のころからひどい肌荒れに悩まされていたという岩木さん。皮膚科でもらう薬も効かず、本屋で健康系の本を探すなどして解決策を探していたそう。

「当時はいまのようにファッション誌に料理のことが載っていなかったので、ひたすら健康系の本を見ていました。トマト、青じそが肌にいいと知れば、おやつにトマトを食べるようにしたりして。それで徐々に食べ物を変えると体も変わるということを実感していきました」

高校時代、岩木さんは母親が介護で忙しく、朝は調理パン、昼はコンビニ、夜はバイト先のファーストフードかファミレスでの食事だったそう。後から振り返ると、その食生活がダイレクトに肌に影響していたのではないかと話します。

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何を食べるかはもちろん、食べ物の組み合わせなどを追及するようになった岩木さんは、栄養について本格的に学ぶべく短期大学の食物科学科へ進学し、栄養士を目指すことに。

将来は自分が学んだことを教室で伝えられたらいいなという思いから、学生時代はアルバイトで資金を稼ぎながら、ABCクッキングスタジオへも通い詰めます。そして、料理・パン・ケーキの全てのコースで認定ライセンスを取得し、実際に教室を開いて人に教えることのできる資格を得たといいます。

独立を視野に、まずは就職

短大卒業後、岩木さんはまず栄養士の委託会社に就職します。栄養士が働く職場には、保育園や幼稚園、小学校のほか病院があるといいますが、岩木さんは病院を選択。

「病気になった後の食事を知らないと、食べ物で健康になることへの未病のアプローチが出来ないと思い、病院を選択しました。新卒で入った現場が、ちょうど直営から栄養士の委託会社に任せるタイミングだったので、新しい現場の立ち上げのオペレーションをどのように組み立てるかなども学ぶことが出来ました」

実は岩木さん、16歳で食の大切さに気づき、そのときから自らのミッションを「食を通して健康を伝えること」と捉え、将来は自分にしかできないことをやりたいと考えてきたそう。就職した会社にも入社時に、「3年後はフードコーディネーターになりたい」という目標を伝えていたんだとか。

「私が学生のころにフードコーディネーターのSHIORIさんとかが出始めていて、私も将来はキレイやオシャレのための食や料理を仕事にしたいなと何となく考えていました。私は身長が169cmあるんですが、短大時代は体重がピークで、まだ肌荒れもあってすごくコンプレックスで。雑誌などで生き生きしているモデルさんに憧れがあったので、せめてそういう世界で働けたらいいなって」

いまの岩木さんからは想像がつかないのですが、中学・高校時代の岩木さんはかなりのネガティブ志向であり、「私って何なんだろう…?私にしかできないことって…?」と自問自答しながら過ごしていたんだといいます。

独立してがむしゃらに歩んだ3年間

宣言どおり3年で会社を辞めた彼女は、自分に足りない分野を埋めるために、まず目黒のフレンチ系カフェで焼き菓子について学ぶことにします。

「可愛いお菓子づくりについて学んだのはもちろん、オーナーから『仕事とは?』ということを教えてもらいました。『挨拶をしっかりすること・時間を守ること・掃除をきちんとすること』は、いまでも私の仕事に対する指針になっています」

独立して1年目の岩木さんは目黒のカフェのほかにも、スポーツジムが運営しているカフェ、ABCクッキングスタジオの先生の仕事も掛けもち。さらには知り合い経由で紹介を受け、塾で食事提供をする事業の立ち上げから関わったそう。

「子ども向けの食事をつくる仕事は、病院の大量調理と立ち上げのオペレーションの経験がまさに活きました。独立後2年目には、将来教室をやるときには見せ方(コーディネート)の部分も必要だと思い、撮影の仕事をできたらいいなと思っていたのですが、たまたま知人の紹介で撮影のアシスタントをさせてもらえることになって」

始発から終電までがむしゃらに働いたと振り返る岩木さん。つかんだ仕事にきちんと対応していくことで、次々とそのステージは広がっていきます。撮影現場での岩木さんの動きを見て、健康食品会社のWebサイトでのレシピ連載の依頼が来たり、独立3年目には念願の女性誌の料理ページ連載に携わる仕事もスタートしました。

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仕事が忙しくなるなかで、学ぶことも歩みを止めないのが彼女のすごいところ。月1回、名古屋で行われていたマクロビオティックの料理教室へ通い、ここでその後の自身の料理に対するスタンスが決まったといいます。

「名古屋の先生には、本物を知るためには現場に行って見て触れて感じることが大切ということや、いいと思うこと・モノはみんなで共有しないと広がらないということを教えてもらいました」

味噌との出会いと「ガチみそ」の誕生

独立して4年目には、満を持して本格的に料理教室をスタート。岩木さんが過去に実践してきたことや私生活ですぐに実践できることを伝えるために、渋谷のレンタルスペースを借りて「misa-kitchen」を始めました。集客は知り合いの紹介のみ。あえて学生時代の友人たちには声をかけなかったといいます。

「正直利益は出ていなかったと思いますが、“やりたい”という想いが先行しましたね」

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そんな折、たまたま知り合った人からイベント会場を使って何かイベントができないかと相談が入ります。

「健康のことをやりたいなら当時注目されていた“発酵”をテーマにするのがいいんじゃないかという話になって。そのころ、お醤油もお酒もすでに専門家がいたので、私がやるならお酢・味醂・味噌のどれかかなぁとなって、その3つなら味噌をテーマにしようということになりました」

いざ味噌をテーマにイベントを実施することが決まったら、とことん突き詰めていきたくなるのが岩木流。すぐに味噌について学ぶべく、全国の蔵元に「蔵の見学をさせてください」と連絡をしていったとか。

味噌についてリサーチし始めてわずか1カ月の間に、岩木さんは神奈川の糀屋をはじめ、石川、福井、京都、愛知、山口の味噌蔵に実際に足を運び、話を聞いてまわりました。そして、調べていくうちに昔ながらの木桶を使用して造られている味噌は、全体の生産量の0.3%以下ということを知ります。

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「味噌組合にヒアリングをしていったら、木桶を使って製造している味噌蔵の数を誰も把握していないんです。ただでさえ減ってきている蔵の数、木桶の味噌…このままだと未来に伝統的な味噌は残らないのではないか、と勝手に使命感を感じました」

岩木さんは出会った職人たちの本気の想いを知り、イベントのキーワード(タイトル)を「ガチみそ」と決めました。

こうして2016年4月に味噌をテーマにしたイベント「ガチみそ会」を実施。味噌の造られ方や分類、食べ方に加え、蔵をまわった際の現状を伝え、実際に種類の異なる7種の味噌の食べ比べをするという内容のもので、80名が参加し好評のうちに幕を閉じました。

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▲「ガチみそ会」のイベントの様子

イベント後、2016年8月には「ガチみそ」という200g規格の味噌を商品化。 「自宅で食べ比べをしたくても、一般的に売られている味噌はだいたい量が多くて、いくつも保管ができないので」と岩木さん。

「ガチみそ」の商品の基準は、木桶仕込み・菌が活きた生みそ・添加物無添加・国内産大豆使用という4点を満たしていること。岩木さんは「ガチみそ」を販売することで、味噌の違いを楽しんでもらうことはもちろん、本気で味噌を造り続けている各蔵の職人さんの想いも伝えられたらと意気込みます。

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▲現在8種類を展開している「ガチみそ」(2018年1月現在)

「日本食に欠かせない味噌のことを料理家としてもっともっと知っていきたいと思っています。と同時に、2020年のオリンピックを1つの目標に、自分の言葉で味噌のことを語れる日本人を増やしたいと思って活動しています」

これまで「食を通して“健康”を伝える」を自身のミッションにしてきましたが、ここで「食を通して健康と“伝統”を伝える」という新たな指針ができたのです。

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▲全部に「ガチみそ」を使ったプレート

未来のためにまずは自分が動く

このように独立してからの岩木さんは、とにかく立ち止まらずに前を向いて進んできました。もともと書くことが好きで、なんでも手帳に書き出し、未来のことを考えゴール(目標)を決めてそこまでのプロセスを歩んできたそう。高校時代には、将来叶えたいことのリストを書き出していたほど。

「これまで悩むことなくやってきました。ただ、ここにきて本当にやりたいことが少し見えなくなってしまって。昨年叶えたかったメディア出演を果たしたのですが、メディアに出ても人生変わらないということがわかって…」

独立6年目にして初めて自分自身と向き合うことになったという岩木さん。しかし、悩んでいてもヒントを探すための行動は怠りません。そして、必ず次への道は開けてくるのです。

「2017年1月に小豆島にある醤油蔵の桶づくりプロジェクトに参加しに行きました。そこには桶づくりを体験したい人、手伝いでお掃除をする人、取材に来ている人など、いろんな人が集まっていて。目的はバラバラなんですが、でも桶を完成させるという方向性はみんな一緒で、誰も指示をしなくてもいい雰囲気でその場が成り立っていました。その様子を見て大事なことを共有しておけば、各人のテンポは違ってもうまくいくということを学びました」

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▲桶づくりプロジェクトの様子

実はそれまで人に仕事を任せるのが苦手だったという岩木さんですが、桶づくりプロジェクトへの参加をキッカケに、経営塾にも通い出し、徐々に周りの人に仕事を任せられるようになったそう。そして、そうしたことでディレクションの仕事が増えたり、チームで動く大きな仕事が入ってきたりするようになったといいます。

また、今後の仕事の幅を広げるために、地方に行くことも始めました。

「東京には料理家がたくさんいるので、東京にいるだけではこの先ダメだと思いました。地方にはどんな課題があるのかをまず知るために、地方の事業者に会いに行っています。そうするとだいたいお土産にサンプル品をいただくのですが、私だったらそれに対して何ができるのかを必ずフィードバックするようにしています」

こうした地道な活動が功を奏し、地方企業からもレシピ開発や商品開発の仕事の相談が来るように。そして、2017年12月には中小企業庁が運営する「ミラサポ」(※)という制度の専門家に認定され、今後ますます地方からの相談も増えていくに違いありません。

※「ミラサポ」とは、中小企業庁の委託により運営されている、全国385万社の中小企業・小規模事業者とその支援を行う支援機関や専門家のためのインターネットサービスのこと

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インタビューの最後に岩木さんは「私は本当に人に恵まれてきたなって思っています。そのときどきに必要だと思う人が現れてきてくれました」と話し、「先に相手のために自分が動けば、必ず後から次につながることを最近すごく感じています。ここにきてようやく自分自身を否定しなくなりましたね」と語ってくれました。

常に未来を見据えて自分に足りないことを学び、行動に移している岩木さん。そんな彼女だからこそ、周りの人は自然と彼女に手を差し伸べたり、応援したりしているのでしょう。

「食を通して健康と伝統を伝える」というミッションを軸に、今後も岩木さんの活躍は留まることを知りません。

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岩木みさき(実践料理研究家)

1988年 神奈川県出身。
高校生のときにひどい肌荒れに悩み、薬で治らなかった症状が食生活を見直し改善に成功。
食に興味をもち栄養の道へ。
短期大学を卒業後し、栄養士の委託会社に就職し3年間の病院勤務後、独立。
「日々のなかで実践出来ることが健康につながる」と考え、レシピ開発やセミナー講師ほか、
実践力を身に付けられる料理教室misa-kitchen主催。

くらしさプロフィール写真

(株)くらしさ 長谷川 浩史&梨紗

広告出版社を退職後、世界一周の旅へ。
海外で受け入れられている日本文化≒COOL JAPANと、
日本が学ぶべき海外の文化≒BOOM JAPANを発信しながら40ヵ国を巡る。
その後日本一周の旅へ。全国各地に根ざしたモノコトヒトを取材・発信する。
現在では、(株)くらしさを起ち上げ、
日本各地の「らしさ」を伝え、つないでいく活動に尽力している。

世界一周HP:www.cool-boom.jp   
日本一周HP:http://www.muji.net/lab/blog/caravan/   
くらしさHP:www.kurashisa.co.jp

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